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2009年4月

研究指定に思う(4)ー子どもの目線でー

さらに、ホンネで、学校現場の教育研究について考察しましょう。

ホンネ爺さん
「健康指導をテーマに教育研究をし、“健康優良校日本一”の表彰を受けた学校の教頭先生が言っていたのお」
・研究指定をうけて健康教育に取り組んでいたときには、子どもも先生もPTAも校区民もひたむきでした。
・日本一の表彰を受けたときには、みんな天にも昇る心地がし、記念の石像を建ててお祝いしました。
・しかし、数年経って研究成果はどこへやら、健康教育活動も普通の学校と同じ、深夜まで職員室に電気をともしたがんばり、算数や国語の授業にしわ寄せしてまでの忙しさは、何だっただろうか。
・石像が、ポツンと寂しそう。

教育関係の研究は、如何にがんばったか(忙しかった過程)が評価の対象です。B_ani020_2

医学関係の研究は、如何に人命が救えたか(研究の成果)が評価の対象です。

ホンネ爺さん「学校現場の教育研究は、科学になっていないのお」

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研究指定に思う(3)ー子どもの目線でー

子どもの目線に立ってホンネで、学校現場の教育研究について考えてみましょう。

ホンネ爺さん「医学関係の研究と比較した場合、学校(小・中)が取り組んでいる研究は、建前(格好付け)になっている場合が多い気がするのお」
        「子どもと向き合う大切な時間を削って、忙しい忙しいと言いながら研究したにもかかわらず、子どもの目線に立ったとき、成果が上がっていないのが実状ではないかな」

 教育関係の研究では、研究した教師が「かくやりました。かく成果が出ました」と言っていても、その研究は果たして普遍性があるだろうか。 
・水越某教授の提唱した発見学習にしろ、大野某教授の主張したプログラム学習にしろ、それらの理論は不滅であるが、それを取り入れた学校現場での研究結果は、数年でお蔵入りしてしまった。

医学関係の研究では、北里柴三郎博士の理論や、ルイ・パスツール博士の理論をふまえたそれぞれの研究は、現代医学に引き継がれ、多くの人命を救っている。2044

ホンネ爺さん「学校現場の教育研究は科学になっていないのお」

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教育研究に思う(2)ー子どもの目線でー

マイナス面をなくする配慮をすれば、教育研究はとても意義のあることです。

ホンネ爺さん「学校がテーマを設定して、教育研究(実践的)をすることはとても大切なことじゃ」
        「その場合、建前(格好付け)を捨てて、本音で取り組むことが不可欠じゃな(子どもの目線に立って)」

・お祭り騒ぎのような研究発表会は行わないこと。(PTAや地域住民を巻き込まない)

・プリント(資料)を最小限に押さえること。(次に同じようなテーマで研究する学校を除いては、誰も改めて読んでくれない)

・研究を始めるに当たって、他の学校教育活動を精選・整理・割愛すること。(運動会・学習発表会・遠足・作品展等についても聖域をなくして)

・研究成果を生かす段階で、通常の学校活動の中に無理なく組み込めるか検討しておくこと。(それをしないから、数年経つと負担加重になって、研究成果は雲散霧消してしまう)2044_2

教育研究は、とかく建前のお祭り騒ぎになりやすいが、医学の研究はお祭り騒ぎだけでは、人命が失われてしまう。

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研究指定に思う(1)ー子どもの目線でー

「学びつつある者のみが教えることができる」

特色ある学校づくりの一環として、教育研究(実践的教育研究)に取り組んでいる学校は少なくありません。研究に取り組むに当たっては、次のホンネ爺さんの言葉にも耳を傾けて下さい。

ホンネ爺さん「およそ先生たる者は、勉強(研究・研修)をしなければならん。教える者は自らも学ばねばならんのじゃ」

 

「しかし、今学校で行われている指定された教育研究には、ちょっと首をかしげたくなるのお」

  PTAも巻き込んで、先生方が超多忙になる。(子どものそばにいられなくなる)

  成果を問うための研究発表会をすることになり、その準備のための労力とお金が必要以上にかかる。(プリントの作成、当日の参加者会員・来賓等の接待)

  研究成果が数年経つと雲散霧消してしまう。(科学になりにくい)

※ 指定されて仕方なくやる学校現場の教育研究は、プラス面もあるが、マイナス面の方が大き過ぎる。

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