« 2009年5月 | トップページ | 2009年7月 »

2009年6月

(閑話休題)先生の超多忙は子どもの不幸

(自戒を込めてそっと一言)

先生方の超多忙は子どもたちの不幸です。

・授業が分からなくても、一人一人丁寧に指導してもらえません。
・いじめに苦しんでいても、適切に対処してもらえません。
・先生の心がすさんでいては、子どもの心は育ちません。
・先生同士の連携がスムーズに行われません。
・保護者との絆が築かれません。

(沖縄のブー子先生のブログより、ブー子先生wrote)
<超ハードな毎日です。週の後半は頭痛がして、朝起きるのが一苦労です。
体がついていかない・・といって、退職された先生方のことがよくわかるこの頃です。
だけど、これって、しかたのないことなのかなあ・・?
「ブー子さん、ちかごろ全然見かけないから、今日もまたどこかに出張してるのかな?って思ってましたよ」職員室でA先生にいわれました。
毎日、ちゃんと校内にいるのですが、空き時間が全くないし、休み時間も職員室に帰ってこれない状態です。
放課後、やっと職員室に戻っても、今度は他の先生方が勤務時間を過ぎても教室でしごとをしてて帰ってこない。
職場で他の先生方とのつながりがまったく持てない状態です。・・・・・>

HIDEの現職の頃のことを考えてみますと、人ごととは思えません。

先生方が超多忙で日本の教育は、大丈夫でしょうか。文部科学省を始め教育関係者みんなで考えなくてはならない問題ではないでしょうか。

| | コメント (0)

教育研究に際して(3)

=(1)・(2)のつづき=

学ぶことのきらいな者は、ひとの子の師たる資格はない。

⑤ 研究成果が科学となる研究を

 ・ 研究成果を発表(冊子刊行)して2~3年過ぎると、研究を実施した学校ですら、学校教育活動は元の木阿弥、成果はお蔵入りというのが、多くの学校の実態ではないでしょうか。

 ・ 研究者(先生)が、「かくやりました。かくかくの成果が出ました」と言っても、子どもと向き合うことを二の次にし、勤務時間を無視して、ネバーギブアップでがんばり抜いた実践では、普通の学校では実行不可能だから、研究成果はやがて雲散霧消してしまうのです。

 ・ 子どもと向き合うことを二の次にした(主に議論をしたり、パソコンと向き合う)教育研究は、建前の教育研究であり、子どもの目線に立ち、常に子どもと四つに組んだホンネの(むり・むだ・むらのない)教育研究が望まれます。

 ・ 普通の学校で、普通の先生が実践可能な研究成果でなくては、科学とは言えません。(だれが どこで いつやっても 同じ成果が出るのが科学) 

  学校現場でも科学となる教育研究をしたいものです。

| | コメント (0)

(閑話休題)今学校は

(閑話休題)

今 学 校 は

 閑話休題は適宜削除されます。

 学校の先生は本当に忙しい。「授業は仕事全体の三分の一くらい。時間がないから、宿題の○つけや日記の添削、連絡帳の返事書きは給食と並行してやっている人が多い」さらに、「トラブルがらみの生活指導、お知らせづくり、業者への発注、親の心配事相談、テストの作成・採点、校内施設備品の点検整理、畑仕事、そして会議、会議、また会議・・・」(中日新聞社説ー2009/5/18-より)
 新任の先生は、さらに加えて「新任教員研修会」。
 新任の先生方の精神的・肉体的健康を心配しています。

| | コメント (0)

« 2009年5月 | トップページ | 2009年7月 »